「インフルエンザワクチンって意味あるの?」シリーズ 第1回(全3回)

インフルエンザワクチンって意味あるの?

目次

第1回:ワクチンを打つと、体の中で何が起きているのか

「インフルエンザワクチンなんて半年も効かないんでしょ?」
「知り合いが去年ワクチンを打ったけど、結局インフルエンザにかかったから、あまり意味がないわよね?」

こんな声をよく聞きます。本当のところはどうなのでしょうか?
今日はこのことについて、詳しく見てみたいと思います。

自称・医学論文マニアの僕が、毎年、インフルエンザワクチンのどこを見ているのかを今日はご紹介します。

インフルエンザワクチン、まずは常識を疑ってみる

まずは、この表をご覧ください。

2005年実施・2007年発表の研究で、ワクチン接種後の抗体の変化を株ごとにまとめた表

上の3つは、ある年に実際に接種されたワクチンに含まれていた株です。(これは2005年に実施され、2007年に発表された、実際の医療従事者を対象にした研究のデータです。)

接種から1年が経った時点を見てみると、まだ58〜67%近くの人が十分な抗体を保ち続けていました。

ワクチンの効果は「数ヶ月でなくなる」と思われがちですが、実際にはもっと長く体を守ってくれている可能性があるのです。

しかも、この表にはもうひとつ興味深い事実が隠れています。

それは一番下の株です。これは「前の年」のワクチンに入っていた株で、その年のワクチンにはもう含まれていないものです。

普通に考えれば、ワクチンに入っていない株に対する抗体は上がらないはずです。ところが実際のデータでは、この「もうその年のワクチンには入っていないはずの株」に対する抗体も、接種前の41.1%から接種後にはなんと86.5%へと、他の3株と同じようにしっかり上昇しているのです。

ワクチンに入っていない株にまで抗体が増えるのはなぜか。そしてその効果が、1年後にもこれだけ残っているのはなぜか。

この2つの「?」を知ることが、インフルエンザワクチンが実際に体の中で何をしているのかを理解する、一番の近道になります。

医学論文マニアの僕は、毎年、インフルエンザワクチンのどこを見ているのか?

ワクチンを受ける前に、毎年、僕がまず目を通すのがこちらです。ここ 3シーズンの製造株をまとめてみました。

直近3シーズンのインフルエンザワクチン製造株をまとめた表

ご覧の通り、ワクチンの中身は毎年のように変わっています。しかもH3N2というタイプは3シーズン連続で株名が変わっているのに対し、H1N1は2024/25と2025/26では同じ株のままでした。株によって、変わりやすさがまるで違うのです。

そんな中、今年は3つとも株が入れ替わった、めずらしい年になっています。

実は、このバラつきこそが「半年しか効かないのか」という疑問を解く、大事なカギになります。順を追って見ていきましょう。

表の読み方について

せっかくですので、表に出てくる専門用語について少しだけ解説させてくださいね。
表をより深く理解していただくために、いくつか専門用語を紐解いてみたいと思います。
……とはいえ、少しマニアックでややこしい内容も含まれます。インフルエンザの仕組みに興味がある方はぜひ読んでいただきたいのですが、『小難しい話は飛ばしたい!』という方は、遠慮なく二重線の囲み枠部分を読み飛ばしてくださいね。

H1N1・H3N2とは

ウイルス表面のHAとNAの組み合わせで、インフルエンザの型が決まることを説明するイラスト

インフルエンザA型ウイルスの表面には、HA(ヘマグルチニン)とNA(ノイラミニダーゼ)という2種類のタンパク質があります。それぞれに複数の型があり(HAは16種、NAは9種)、この組み合わせでウイルスの「型」が決まります。H1N1、H3N2は、このHA・NAの組み合わせの名前です。毎年流行する季節性インフルエンザは、主にA型のH1N1・H3N2と、B型の計3系統が入れ替わりながら流行しています。

※ただし、近年コウモリからも新しい型が見つかったことで、厳密な最新のウイルス学では「HAは18種類、NAは11種類」とされています。

「ビクトリア」や「4897」とは何か?

ワクチン株の名前の付け方を説明するイラスト

ワクチン株の名前は、「A/(分離された場所)/(検体番号)/(分離された年)」という世界共通のルールで付けられています。たとえば「A/ビクトリア/4897/2022」なら、2022年にビクトリアという場所で採取された、4897番目の検体、という意味になります。「4897」自体に医学的な意味はなく、検体を区別するための管理番号です。

ここで少しややこしいのが、「ビクトリア」という言葉が表の中に2回、別の意味で出てくることです。B型株の「ビクトリア系統」は、ウイルスの系統(グループ)名として使われている「ビクトリア」で、A型株の「A/ビクトリア/4897/2022」は、採取された場所を示す「ビクトリア」です。たまたま同じ地名が、違う文脈で2回使われているだけですが、ちょっと混同しそうになりますよね?

インフルエンザワクチンが「3価に変更」の意味

インフルエンザワクチンの4価から3価への変更を説明するイラスト

「価」はワクチンに含まれる株が、何種類入っているかという数です。2024/25シーズンまでは、A型2種類+B型2系統(山形系統・ビクトリア系統)の計4種類が入っていたので「4価ワクチン」で、これが主流でした。

しかし、2025/26シーズンからは、B型が山形系統を除いて、ビクトリア系統のみになり、A型2種類+B型1種類の計3種類、「3価ワクチン」に変更されています。

なぜ、B型の山形系統はなぜなくなったのか?

B型の山形系統が検出されなくなったことを説明するイラスト

これは新型コロナウイルスの流行と関係があるとされています。コロナ渦のマスク着用や行動制限のおかげでインフルエンザの流行そのものが世界的に大きく押さえられました。その後、その制限が緩んで再びインフルエンザワクチンの流行が戻ってきた後も、山形系統だけは2020年3月以降、世界的にほとんど検出されなくなりました。一方、同じB型でももう一つの系統であるビクトリア系統は、その後も流行が確認されています。

この状況を受けて、WHO(世界保健機関)は2023年9月の会議で、「流行の証拠がない山形系統をワクチンに含め続ける必要はない」という見解を示しました。これを受けて、日本を含む各国で、ワクチンが4価から3価へと順次切り替わっているのが今の状況です。

ただし、山形系統がなぜビクトリア系統よりも先に姿を消したのか、その理由そのものは、まだはっきりとはわかっていません。

さて、ここからは本題の「抗体」の仕組みに入っていきます。

ウイルスの「トゲ」と、体の「鍵穴」

ウイルスのトゲ(HA)が、細胞の鍵穴(受容体)に結合する様子を説明するイラスト

インフルエンザウイルスの表面には、トゲのような突起がたくさん生えています。正体は「ヘマグルチニン」というタンパク質で、先端の形が、僕たちの細胞の表面にある「受容体」という鍵穴にぴったり合うようにできています。このトゲが鍵穴に差し込まれると、ウイルスは細胞の中に入り込んでしまいます。

もしも、抗体がなかったら

抗体がない場合に、ウイルスが細胞に入って増える様子を説明するイラスト

もし抗体がなければ、トゲはそのまま鍵穴に差し込まれます。ウイルスは細胞の中に入り込み、その細胞の仕組みを乗っ取って、自分のコピーを大量に作らせます。一つのウイルスが侵入すると、その中で何十、何百というコピーが作られ、細胞は次第に弱っていくのです。

抗体が一つもなければ、これがずっと続いてしまう。だからこそ、トゲをふさいでしまう抗体の存在が重要になります。

「抗体」がウイルスが細胞へ侵入するのを防ぐ

Y字型の抗体がウイルスのトゲをふさぎ、細胞への侵入を防ぐ様子を説明するイラスト

ここで働くのが「抗体」です。抗体はY字型をしていて、その先端がウイルスのトゲにぴったりはまり込みます。トゲが抗体でふさがれてしまえば、鍵穴に差し込めません。ウイルスは細胞の中に入れず、増えることができなくなります。

抗体は、ウイルスを直接壊しているわけではありません。細胞に取りつく手段を封じているだけ、というのが正確なところです。

では、ワクチンを打つと、なぜ抗体ができるのか

トゲ部分の形を保った、不活化HAワクチンの「インフルエンザ幽霊」のイラスト
体がワクチンの形を学習して、抗体を作り始める様子を説明するイラスト

日本で使われているインフルエンザワクチンは「不活化HAワクチン(スプリットワクチン)」と呼ばれるものです。ウイルスを薬剤で処理して感染力を取り除いたうえで、トゲ(HA)の部分だけを取り出して精製したものが使われています。イラストではわかりやすいように、インフルエンザ幽霊の形にしましたが、実際には、ウイルスをまるごと使っているのではなく、そもそもトゲの部分しか入っていません。そして大切なのは、そのトゲの形だけは、生きていた頃とそっくりそのまま保たれているということです。

もしトゲの形まで壊れてしまったら、体は本物のウイルスを見分ける練習ができなくなってしまいます。感染力のない、安全な姿かたちだけを体に見せてやることで、体はちゃんと「これが敵の見た目だ」と学習できるのです。

こうして体は、ワクチンを打った時点で、すでに敵のトゲに合う抗体を作り始めています。実際にウイルスが体に入ってくる前から、血液中にはすでに敵を迎え撃つ抗体が存在している状態になるのです。これこそが、先ほどの表で見た「抗体保有率」の正体です。

本当は何年も続くワクチンの効果

けれども、体が学習するのは「抗体の作り方」だけではありません。一度作った抗体の「設計図」を長期間しまっておく、特別な係の細胞も作られます。この細胞は「メモリーB細胞」と呼ばれ、一度覚えた敵の顔を、何年も記憶し続けると言われています。

事前に敵のトゲの形を見せておき、それに合う抗体の作り方を学習させ、さらにその記憶を保存しておく——これが、インフルエンザワクチンの本当の効果です。

そして、この「記憶」の仕組みこそが、今回の表に隠れていた2つの謎

——ワクチンに入っていないはずの前年株にまで抗体が増えたこと、そして1年経っても抗体が保たれていたこと——を解くカギになります。

ただし、ここで一つ大切な注意点があります。接種によって作られた抗体は、時間とともに徐々に減っていきます。ウイルスの感染そのものを防ぐ「発症予防効果」を得るには、比較的高い抗体量が必要です。そのため、抗体が減るにつれて、発症予防効果も徐々に弱まっていくのが一般的です。

一方で、抗体がゼロになってしまうわけではありません。接種によって作られたメモリーB細胞は長期間体内に残っており、実際にウイルスに触れたときには、このメモリーB細胞が抗体を急速に増産します。発症そのものを防ぐには間に合わなくても、重症化を防ぐ方向には働くと考えられています。

つまり、メモリーB細胞による「二次応答」のしくみこそが、「発症予防効果は時間とともに弱まっても、重症化を防ぐ効果は比較的長く残りやすい」という、一見矛盾しているように見える現象を理解するための鍵なのです。

では、僕たちの体を守るこの驚くべき「メモリーB細胞」とは、一体どのような働きをしているのでしょうか?
次回は、その正体に迫ります。

づづきはこちら↓

◆参考文献

  • 板谷一宏,黒田高明,山口文博,安原努,福地邦彦.インフルエンザワクチン接種後のHI抗体価の検討.環境感染.2007;22(4):235-241.
  • Kojimahara N, Maeda A, Kase T, Yamaguchi N. Cross-reactivity of influenza A (H3N2) hemagglutination-inhibition antibodies induced by inactivated influenza vaccine. Vaccine. 2006;24(24):5966-9.
  • Caini S, Meijer A, Nunes MC, Henaff L, Zounon M, Boudewijns B, Del Riccio M, Paget J. Probable extinction of influenza B/Yamagata and its public health implications: a systematic literature review and assessment of global surveillance databases. The Lancet Microbe. 2024;5(8):100851.
  • CDC. B Yamagata Lineage: Report from WHO Collaborating Centres, July 13, 2023. Presented at the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP) Meeting, October 25–26, 2023.
  • 東京都感染症情報センター.各シーズンのインフルエンザHAワクチン製造株(2024〜2026年)
  • Young B, Sadarangani S, Jiang L, Wilder-Smith A, Chen MI. Duration of Influenza Vaccine Effectiveness: A Systematic Review, Meta-analysis, and Meta-regression of Test-Negative Design Case-Control Studies. The Journal of Infectious Diseases. 2018;217(5):731-741.

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