「インフルエンザワクチンって意味あるの?」シリーズ 第3回(全3回)

インフルエンザワクチンは意味があるのか

インフルエンザワクチンって意味あるの?

目次

第3回:本当に「ワクチンは半年しか効かない」のか?実データを元に検証

全3回シリーズ。前回までの記事はこちら↓

インフルエンザワクチンシリーズも、今回が最終回です。

このシリーズを始めたきっかけの質問、

  • 「インフルエンザワクチンなんて半年も効かないんでしょ?」
  • 「知り合いが去年ワクチンを打ったけど、結局インフルエンザにかかったから、あまり意味がないわよね?」

という疑問に、いよいよ正面から答えていきます。

「抗体価」と「抗体保有率」は別の話

◆「抗体価」について
「抗体価」とは、抗体の量を指す専門用語です。
抗体価は、接種後にピークを迎えたあと、時間とともに下がっていきます。18〜49歳の健康な成人を対象にしたアメリカ・ミシガン大学の研究では、接種からおよそ1か月後の時点(この研究で最初に採血したタイミング)で最も高くなり、そこから18か月かけてゆるやかに下がっていきました。

不活化ワクチンを受けた人では、抗体価が半分に減るまで、A型H3N2で約410日、B型山形系統で約424日と推定されています。

約410~424日というのは、もちろん1年以上のことですから、実際に世間で言われ続けている「半年」という期間よりはずっと長いのです。ただし、これは「量がどれだけ残っているか」という話です。

たとえるなら、「抗体価」は体の中をパトロールする「警備員の人数」のようなものです。ワクチンを受けてから数ヶ月後、体内にどれだけの警備員が残っているか。しっかり90人残っている人もいれば、45人に減ってしまった人もいる。これは、人によってバラバラで個人差があります。

◆「抗体保有率」について
一方で、「感染や発症を防ぎやすいとされる基準を超えている人の割合(抗体保有率)」という、別の測り方もあります。

ここで少し言葉の整理をしておきましょう。医学的には、ウイルスが体内に侵入して増殖することを「感染」、その後、熱などの症状が現れることを「発症」と明確に区別します。ウイルスに「感染」しても、免疫がすぐに抑え込んで症状が出ない「無症状感染(不顕性感染)」となるケースも多くあります。

ワクチンの効果(免疫の防衛ライン)は、主に以下の3つの段階に分けて考えられています。
①感染予防:ウイルスが体内で増殖するのをブロックする(ここで防げれば無症状のまま)
②発症予防:感染を許してしまっても、熱などの症状が出るのを抑え込む

―――ここまでが防衛ライン(合格ライン)―――
③重症化予防:発症してしまっても、肺炎など深刻な状態になるのを防ぐ

目安となる合格ラインの抗体価(1:40など)は、この最初の壁である「感染」や、次の壁である「発症」を防ぐための防衛力が十分にあるかどうかを判断する、おおよその目安として使われています。

つまり、この「抗体保有率」とは、ウイルスという侵入者を水際でブロックしたり(感染予防)、侵入されても症状が出る前に制圧したり(発症予防)するための『最低限必要な人数の警備員』を配置できている人の割合のことです。言い換えれば、そうした防衛体制が整っている人が、全体の何パーセントいるか、という数字です。

実際の研究では、血液を40倍に薄めてもまだウイルスを抑える力が残っている状態。専門用語でこれを、「抗体価 1:40」と言います。この値が、この防衛線の「合格ライン」としてよく使われています。

パトロールしている警備員の人数(抗体価)が時間とともに少しずつ減っていっても、この防衛ライン(合格ライン)さえ超えていれば、その人は変わらず「合格」している側にカウントされます。だから、一人ひとりの警備員の平均人数は下がっていくのに、合格している人の割合(抗体保有率)のほうは、思ったよりも高いまま保たれる、ということが起こりうるのです。

では、警備員の数が減ってしまった人は、本当にそのまま無防備になってしまうのでしょうか。実はそこに、ワクチンのもう一つの主役、「メモリーB細胞」が関わってきます。普段パトロールしている警備員(抗体)の数が減ってしまっても、この細胞がいわば「防衛司令部」としてウイルスの顔をしっかり記憶しています。そのため、いざ本物のウイルスが侵入してきたときには、即座に新しい警備員を大量に生産してくれるのです。

日本の医療従事者を対象にした、板谷氏らの研究(2007年、昭和大学)では、この抗体保有率が、ワクチン接種前は株によって約34%〜67%だったものが、接種4週間後には77%〜96%まで上がりました。そして1年後には、株によって約50%〜67%まで下がっていました。
「半年で効果がなくなる」ということは無いと言えますし、もちろん「何年経っても変わらない」ということでもありません。実際のデータが示しているのは、徐々に下がってゆくけど、その期間は思っているよりも長いということです。

前年の株だって、抗体は上がる

この研究で特に興味深いのが、前年度のワクチン株(Wyoming株)の動きです。この年のワクチンにはWyoming株は入っていません。にもかかわらず、接種前41.1%だった抗体保有率が、4週間後には86.5%まで上がっていました。

これは、その年のワクチンに入っていたNew York株(同じH3N2というタイプ)への反応が、トゲの形が似ているWyoming株にもある程度効いてしまう「交差反応抗体」という現象です。この研究を行った板谷氏らは、この現象がKojimahara(小島原氏)らが2006年に学術誌「Vaccine」で報告した交差反応抗体の研究と一致すると述べています。

ただし、正確に言うと、これは「1年後に起きた」現象ではありません。今年のワクチンを打ってから4週間という短い期間で起きた反応です。その後、1年経てば、この数値も他の株と同じように86.5%から50.0%まで下がっています。それでも、1年後の50.0%は、接種前の41.1%よりは高い数値です。毎年ワクチンの株が入れ替わっても、過去の株への抵抗力が完全に消えるわけではない、ということが読み取れるのです。

では、なぜ「打ったのに、かかった」人がいるのか

ここまでの話を踏まえると、このシリーズの冒頭でいただいた「知り合いが去年ワクチンを打ったけど、結局インフルエンザにかかった」という疑問にも、ある程度お答えできます。理由は、主に3つ考えられます。

一つ目は、ここまで見てきた通り、ワクチンを受けても全員が基準(抗体価1:40)を超えられるわけではないということです。最も抗体保有率が高くなる接種4週間後でも、株によって約77%〜96%の人が十分な抗体を保有していますが、裏を返せば、ピーク時点でも4〜23%程度の人は、この基準に届いていないということにもなります。

二つ目は、株のズレです。先ほどのWyoming株の例が示す通り、似た株への「交差反応抗体」はたしかに働きますが、「ある程度効いてしまう」という言葉通り、完全に効くわけではありません。ワクチンに含まれる株と、実際に流行した株の形が大きく違えば違うほど、できた抗体はうまく噛み合わず、効きにくくなります。

三つ目は、疲労や睡眠不足など、ワクチンとは直接関係のない体調面の要因が免疫の働きに影響している可能性です。ここは、はっきりと数字で示せるほど研究が進んでいる話ではないので、あくまで「可能性」の一つとしてお伝えしておきます。

なお、今回参照している板谷氏らの研究では、対象となった157名の中で、このシーズン中にインフルエンザと診断された人は一人もいませんでした。そのため「ワクチンを打ったのにかかった」かどうかを、この研究データ自体から直接確認することはできません。ここだけは、一般的な免疫学の知識からの説明だとご理解ください。

抗体が下がっても、メモリーB細胞は守ってくれるのか

ここが、今回最もお伝えしておきたい部分です。ワクチンを受けてから時間が経って、抗体の量が下がった状態で、インフルエンザに感染しまった人の中でも、ワクチンを受けていなかった人と比べて重症化率や死亡率が低いという報告が複数あります。メモリーB細胞が残っていれば、感染しても速やかに抗体を作り直せるからです。

ただし、この「軽く済む」効果にメモリーB細胞がどれくらい貢献しているかを、人で直接測定した研究は、僕が調べた限りでは見つかりませんでした。今回の説明では、わかりやすい例として、B細胞に焦点を当てましたが、残っている抗体そのものや、キラーT細胞やNK細胞(ナチュラルキラー細胞)など別の免疫細胞も関与している可能性が指摘されており、メモリーB細胞だけの手柄とは言い切れません。

今言えるのは
「ワクチンを受けた記憶が体に残っていると、何らかの形で感染しても症状が軽く済みやすくなる」
「過去に打ったワクチンも無駄にはならない」
というところまでです。

このワクチン問題を誠実に扱うのでしたら、わかっていないことは「わからない」と言うべきだと思います。

まとめ

「半年しか効かない」という主張は間違いであり、抗体の量だけを見た一面的な見方です。免疫の仕組みは、それよりもずっと複雑です。

だからといって「一度打てば一生安心」でもありません。ウイルスの株は毎年少しずつ変化し、抗体の量自体は確かに下がっていきます。毎年の接種が推奨されているのはこのためです。

科学が「まだわかっていない」と言うことは、恥ずかしいことでも隠すべきことでもありません。わからないことをわからないと言えることこそ、正確な情報の土台だと思います。

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参考文献

  • Petrie JG, Ohmit SE, Martin ET, et al. Persistence of Antibodies to Influenza Hemagglutinin and Neuraminidase Following One or Two Years of Influenza Vaccination. J Infect Dis. 2015;212(12):1914-1922.
  • 板谷一宏他「インフルエンザワクチン接種後のHI抗体価の検討」環境感染 22(4), 235-241, 2007
  • Kojimahara N, Maeda A, Kase T, Yamaguchi N. Cross-reactivity of influenza A (H3N2) hemagglutination-inhibition antibodies induced by an inactivated influenza vaccine. Vaccine 2006; 24: 5966-9.

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